七夕の夜に

 




見上げた夜空は、沢山の煌めく星たちに装飾されていてとても綺麗だった。


窓枠に手を乗せ、頬杖を突きながら見つめ上げる。夜風が柔に頬を掠めて中へと入り込み、照明の点いていない室内をぐるりと巡ってゆく。




カサリ、揺れた音の出所は私の机の上。


陳腐に切り取られた短冊。既に日付を跨いでしまった所為で、その紙に載せられた私自身の小さな願い事は誰の目にも留まらずに出番を終えてしまった。






天候に恵まれた今日は七夕。


織姫と牽牛は果たして、逢瀬を果たすことができたのだろうか。


仮に雨だったとしても、それは「織姫の嬉し涙」だと聞いたことがある。諸説存在するにしても、結局のところ彼らは皆に慕われ、幸せを願われ、それを受取っているのかもしれない。





伝説の二人にすら羨望を抱く私は、きっとどうかしている。









"七夕の日に迎えに行くよ"








そんな言葉を信じて待っている私は、ただの間抜けなのかもしれない。


こうして幾年も跨ぎ夜空を見上げるたびに酷く痛感する。諦めればいいのに。もう来ないって、割り切ってしまえばいいのに。








――――だから今年は、決意を固めた。


もしも約束が叶わなかったら、もう待つのは止めにする。



大体あいつが考えていることは何時もよく分からないし。


今頃生きているのか、死んでいるのかも分からないし。


私と二つしか違わないのに、携帯電話を持っていないなんてある意味貴重な人種だし。








「………はぁ……」










深い溜め息をひとつ。ほぼ、心の中は固まった。


今年もあいつは来なかった。


だからもう、諦めよう。こうして馬鹿みたいに待ち続けるのは終わりにしよう。




頭を垂れていた所為で視界を覆っていた髪を片手で掻き上げ、木製の机へと歩を進めていく。






「約束が叶いますように」









紛れもない自分自身の本心が浮彫りになった短冊を手で拾い、ぐしゃぐしゃに丸めて近くのゴミ箱に捨てようとした―――その、一歩手前のこと。






「―――……ただいま」












捨て切れなかった体温に包まれる。


信じられない出来事を前に、私の身体は呼吸を止めた。じわり、溶かしに掛かってくる背中の温度。


絡め取るようにまわされた腕の存在が余りに不確かなものに思えて、馬鹿みたいにその手をぎゅっと強く握り締めた。





「な、………んで」


「待たせて、ごめん」


「ほんと……だし……」








はらはらと流れていく涙を掬うことすらせず、乾いた笑みばかりを浮かべる他に為す術が無い。


これって現実?本当に目の前で起きていること?


余りに待って、待ち過ぎて。とうとう私の頭が可笑しくなったのかと思った。





だから身体を反転させてその頬に指先を這わせてみたけれど、ちゃんと触れることのできる温もりがそこには在って。





「約束通り、……迎えに来たから」








懐かしさの募る、優しげな顔立ちが涙で滲む。


大好きな香りが鼻腔いっぱい擽っていく。耳元で名前を囁かれて、キスをおとされて。


やっぱり本物だって認識してしまったら、涙は更に嵩を増して頬を濡らしていった。







窓枠から覗く月と星たちの光が、照明の点いていない部屋を明るく染めていく。


机上に尚も残る短冊が風に揺れて舞ってしまっても、その願いが叶った私の意識を奪うことは無かった。











七夕の夜に

待ち侘びた彼を願った彼女の心は、儚いけれど強く