―――ちょっとだけ、気になっている人がいる。
「おはようございます」
「あ……、おはようございます」
穏やかな瞳を細めて笑みを浮かべるその男性は、同じデパートのテナントに勤めていて。
実を言うと、その人は―――
「って、俺、これ二回目ですよね。昨日はありがとうございました」
「い、いいえ!」
「美味しかったです、凄く」
同じマンションに住む隣人さんだったりする。
* * *
時は遡って昨夜のこと。
「(―――ど、どどどどうしよう…!迷惑だったら、)」
「あれ?こんばんは」
「!!こ、こんばんは…!」
同じ階に居を構えていることと、同じところに勤めているという偶然。
勿論お店は違うけれど。
ある意味奇跡に近い遭遇率に喜んでいるばかりでは駄目、行動しないと!
そんな感情と共に逸る鼓動と夕飯のお裾分けを抱えて私が向かったのは相手の部屋の前だった。
来たのはいいけれど、不安な感情が渦巻くのもまた事実で。
聞いていないだけで彼女とかいたらどうしよう?
て言うかストーカーだと思われたらそれこそ洒落にならない…!
そんな思いに咎められるままに踵を返そうとした矢先、開いた扉に私は愕然としたのだ。
「どこかに用事ですか?」
「い、いえ!別に全くそんなことは!」
そんな言葉を落としてぶんぶん頭を振る自分を余っ程殴り付けてやりたかった。
折角声を掛けてくれたのに!勿体無い!
―――と、そのとき。
「それ、荷物」
「………っ」
「手伝いましょうか?俺も外行こうと思ってたし」
純粋に私の抱えるものを"荷物"だと言って近付いてくる男のひと。
そんなことを言われたら、幾ら私でも無理だ。
「こ、これ、あの、ちがくて」
お裾分けです、と。
タッパに詰めたそれを色気も何も無いまま彼に押し付けて逃走をはかったのである。
* * *
目の前で真っ赤な顔を隠すように俯ける彼女に気付かない振りをする俺って、相当性格悪いよな。
「今日洗って持っていきますね」
「いいえ……!そ、そんなお構いなく!」
「でも困るでしょ?タッパ無いと」
純な彼女はきっと気付いてないだろう。
今この瞬間の会話だって、俺が機会を狙って実現させたことを。
「―――だ、だけど……、そ、そしたらお願いします」
おどおどと視線を泳がせてそう口にする彼女。
そんな、可愛らしくも落ち着かない姿を視線で捉えた自分の口角が自然と上がったことを悟る。
「できればまた、作ってくれると嬉しいです」
思わず浮かべた笑みもそのままに、俺は自らの欲をぽろりと零してしまった。
そんな此方を呆然と見つめていた彼女は、パァッと花咲くような笑みを顔に刻むと「はい!」と言葉を音にしたのだった。
偶然は装うことでつくれるもの
いつしかタッパは弁当へとカタチを変えていくのです