例の着信音が私を呼ぶ。思わず一瞬だけ息を詰めて腰を上げると、徐に棚の上にあるスマホへと指先を伸ばした。
ディスプレイに表示された名前。懐かしさと切なさで少しだけ、躊躇う。
震える手を押さえ込みながらその端末を耳元に宛がい、細く息を吐き出した私はか細い声音に言葉を混ぜ込んだ。
「………もしもし、」
相手もまさか、私が出ることを予想していなかったのか。
そんな具合に電話口向こうでも分かるほど明瞭に息を呑みこんだことが窺える。
その瞬間に脳を走り抜けるのは、出逢った瞬間のあの日。
"……、……久しぶり"
「うん」
徐に腰を上げる。立ったり座ったりと落ち着かないのは、この会話にやはり緊張を極めている自分が居るから。
「………今日は、どうしたの?」
素朴な疑問に乗せるように声を電話口へと、運びこんだ。
出来るだけ自然に。そう思って努めているときが一番不自然であることに、必死な私は気付かなくて。
"―――……、来月、ライブやるんだ"
「そう……なんだ」
そう言葉にしながらもちらり、と。視線を外して向かわせた先には、「チケットぴあ」と書かれた一枚の封筒が居心地悪そうに鎮座している。
きっと彼は、このことを知らない。
「良かったじゃん。おめでとう」
毎日に忙殺されて連絡が途絶えても、もし彼が私のことを全く気に掛けていなくても。
知らないふりをして行こうと思っていたから。
やっぱり、自分の眼で見届けたいから。彼の夢が叶う瞬間を。
祝福の意を込めて言葉にした私の其れは、驚くほど穏やかに空気に紛れこんでいく。
お忍びで行って、気付かれない内に帰ってくるつもりだったのだけれど。
"………、さんきゅ。チケット、送ってもいい?"
そんな言葉で返されたことで、そう言ってもいられなくなった訳で。
ひやりとこめかみを冷や汗が伝うのを感じながらも、脳裏で必死に言葉のピースを並べ立てる。
でも、どう言葉にしようとも、同じ結果にしかならないような気がした。
「………ごめん。もう、持ってるんだ」
"え?"
「自分で買っちゃった」
来月のライブでは君を
その瞬間を共有できることが途轍もなく、嬉しいから