今日をやり直せるのなら私は喜んでそうすると思う。
事の始まりは夜八時頃、店にたまたま入店してきた連中の悪そうな、何て言うかきな臭さが目に余って眉根を寄せて凝視してしまった。
私はただ傍観者のつもりで、彼らと関わり合いになりたいなんてこれっぽっちも望んじゃいなかったのに。
他の従業員や客同様チラ見程度に留めておけば良いものの、何を思ったのかこのときの私は彼らに視線をロックオン。
強いて言えばガンを付けてしまっていたのだ。いかにもアングラ臭ぷんぷんの強面なお兄さん方に。
「あ?なんだよ姉ちゃん、ガン飛ばしやがって。なんか文句でもあんのか?」
だから眦(なまじり)を吊り上げた男の一人がそう食って掛かってくることだって当然と言えば当然の道理なわけで。
それまで胸中「文句」一色だった私も、こんな間近で迫られたら鼻白むどころの騒ぎじゃない。
少し離れたところでバイトの先輩が泣きそうな顔をして「ばか!ばか!」と口ぱくで騒ぎ立てている。しかも柱に半身を隠して。泣きたいのは私のほうだ。
これまでぐるぐる支配していた文句の言葉だって嚥下せざるを得ない状況だった。
だから反撃にも値しないのは承知で心の中で文句を連ねてみる。アンタみたいな無頼漢、社会に出て厳しさを思い知ればいいのに!
経営者側から見たって鼻持ちならないことは明白で、私だってこんな奴と「明日から同じシフトだからねー」なんて言われた日には全力で店長に抗議しに行くと思う。
でも残念ながら男は客として店に来ている。よもやその事実はひっくり返しようもない。
「やんのか、あァ?おいコラ姉ちゃん、何とか言ったらどうなんだよ。相変わらずガン付けてきやがって」
更に残念なことに、私は胸中文句垂れている間例の男をまた睨み付けてしまっていたらしい。これは火に油を注いだ、って言う状態なのかもしれない…。いや、きっと間違いなくそうだと思う。
頭上眼前、限りなく近い距離で悪辣な視線をビシバシ浴び続けているせいであらゆる感覚が麻痺し始めていたんだと思う。
詰め寄ってきている男は先と変わらず一人、そしてその男を擁護するように背後に控える仲間が三人──だけれど、実はもう一人居た事実を狼狽に塗れるこのときの私が気付く筈もなかった。
「──やめろ。見苦しい」
だから横槍のように突如響いたその声に、想像以上に驚いてしまったのだ。
瞠目したのは私だけじゃなかった。密かにこの応酬を見守っていたバイトの先輩もそうだし、興味本位で盗み見していたお客の人たち、それに私に詰め寄っていた当の男たちまで。
吸い込まれるように視界を動かし捉えたのは、とんでもなく美丈夫な、言ってみれば超イケメンのお兄さんで。
幾らこの世が千差万別と言っても、ここまで不世出の美形はそう簡単には現れないと思う。
仲間らしいゴロツキを店の外に追い払ってくれたお兄さん。更に彼らの料金分もまとめて支払うと口にしたのだから、中身までデキているのかと感嘆したものだ。
「連れが申し訳ないことをした」
「い、いえ…」
ちょっと面映ゆさに頬を染めてしまったのは仕方のないことだと思う。
付け加えると、緊張に指が震えていつもよりもレジ操作に時間が掛かってしまったのもしょうがない。
だってこんな完璧人間、今まで見たことがなかったから。実はお忍びの芸能人なんじゃないかって思ったりもしたけれど、これだけ周囲が色めき立ちそうな形(なり)をしていたらもっと露出していても可笑しくないと思う。
最後にレシートを渡した私をその高身長で見下ろして、艶然たる笑みを浮かべたお兄さんは一言添えて店をあとにした。
「……良かった。あいつらも悪い奴じゃないんだ」
この人が言えばそうだったのかも、なんて思えるのだからおかしな話だと思う。
そして思い返してみて考えるのが、「やっぱりやり直さなくて正解だったかも?」なんて事なのだから大概自分も現金な奴だなあと思ったり。
柳に風と受け流す
そんな大人になる前に通った目の保養の脇道