私から恩師に贈る言葉

 


何気なく走らせた視線で捉えたのは、もうすっかり見慣れてしまったシンプルなデザインのカレンダーで。


大きく飾り付けられた其れ。しかしながら今日という特別な日を色濃く主張している訳ではなく。



対照的に小さく赤ペンで印付けられた自らのスケジュール帳をふと、思い出した。






「どうした?」


「………別に」


「なんだよ」







住み慣れたLDKの奥まった部屋から姿を現した男を認めることもないまま、顔をふいと背けるに至る。


期待してる訳じゃない。けれど、私から口にするつもりは毛頭なかった。


───のだけれど。





「ちょ、なに!」


「狭いんだよ。もっと詰めて」


「別のとこ座ればいいじゃん」


「ソファーがいい」


「……あっそ」







取り立てるほどでもない微細な溜め息を吐き出してから、じゃあ私が移動しようかなんて。


深く沈めていた腰を持ち上げようとした、その刹那のこと。





「待てって」


「は?」










ガッチリと掴まれた腕。其れのせいで又もやソファーへと戻る形になった私は、一人分にも満たないスペースに腰を下ろすことになって。


瞬きを交えつつ、高い位置にある見慣れた男の顔面を直視。すると、





「――――今日、なんの日か知ってる?」










予想外の問い掛けが此方の耳朶に入り込み、返事よりもまず視線で射抜いてしまった。


言葉もなく凝視に徹する私を見て勝手に"ノー"と捉えたらしい男は、呆れたような、それでいて困ったような笑みを口許に浮かべると。





「今日で俺ら、付き合って10年目なんだけど」





今朝から私が嫌というほど認識していた台詞をこぼすものだから、反応に困る。












「知ってる」


「は?」


「だから、知ってるってば。むしろアンタが忘れてると思ってた」






意表を突かれたらしく目を見開く男。それと同時に緩んだ腕の拘束を見抜き振りほどくように溜め息を吐き出し、脚を組みかえる。


ただ、吐き出した息の所以は奥底から沸き起こる安堵の心境に他ならないことは確かで。










「なんだよー……」


「なんだよって、何よ」


「じゃあさ」




きっと私は気付いていた。この後その口からこぼれ出る言葉が一体なんなのか。









「――――……もうそろそろ、結婚しようよ」











そして、その問い掛けに自分がどう答えるかも。












私から恩師に贈る言葉

大好きな彼女と旦那様の、結婚記念日を祝福して