6年越しの初恋をもう一度

 


「──久し振り」


「あ……、ひさし、ぶり」





6年振りに聞いたその声。


昔と変わらずじっと視線を向けてくる男は、これまでの空白が嘘かのように此方との距離を詰める。









周りの喧騒がまるで嘘みたいに。


切り離された一枚の絵のように、あたしの視界は無意識の内にその男だけを捉えた。



「元気だった?」


「あ、うん…!そっちは?」


「俺も。てか同窓会来て良かったわ」








笑み孕んだ声色で惜しげもなく微笑んだ男は、



「こうやって久し振りに話せたから」






遠い昔の記憶と重なるような言葉で、あたしの鼓動スピードを引き上げていく。




でも其れとは反対に、


「──…うん、そだね」




数年前。別れ際にこの男から向けられた言葉を思い出し、チクリと古傷が疼き痛んだ。










「もう成人かー、あっという間過ぎて実感わかない」


「皆変わり過ぎて分からないよね」


「そうだよなぁ」



あたしの言葉に同調するようにそう零した男は、手元にあったグラスを傾けて中身を喉に流し込む。


その瞬間に上下する喉仏とか、些細な仕草が全て記憶の中の彼と重なってしまって。







「……、…おいし」



まるでその光景から逃れるように、あたしも握り締めていたカクテルグラスに口を付けた。











"──…別れよう"


"なんで…!?なんでそんな急に、"


"ごめん"





"ホント、ごめん"









「(…、……嫌なこと思い出しちゃった)」



男が空いたグラスを持って代わりのそれを取りに行ってくれている間。


やはりその後ろ姿を見て思い出すのは、あの日の情景に他ならなくて。






はあ、と。やり場のない溜め息を吐いていれば、不意に鼓膜を叩いたソプラノの声音に顔を上げる。



「あれ、久し振りー!凄い変わったね!可愛くなった!」


「そんなことないよ。そっちも元気そうで良かった」







声を掛けてきたのは、当時クラスの中でも派手で目立っていた女の子で。


正直あたしとはジャンルの違う子だったから。


どうして声を掛けられたのかも分からないまま、当たり障りの無い笑みを浮かべてそれに応えていく。









「ねえねえ!さっきちょっと見ちゃったんだけど」


「……、」


「もしかして、アイツと縒り戻した感じ?」




カラリ、と。渇いた喉と底冷えしていく身体。


何の言葉を落とすことも出来ないままその場に佇んでいれば、そんな此方の様子を肯定と受け取ったらしい彼女は続け様に口を開いていく。








「いやー、もうホント良かった。二人が別れたのってぶっちゃけアタシの所為じゃん?だからずっと責任感じて──」


「………え?」


「たんだけど、……って、え!?もしかして聞いてない?」




完璧に化粧の施された睫毛を上下させながらの問い掛けに頷くことで応えると、一気にしおらしくなった彼女はぽつりぽつり、言葉を落としていく。









「アタシさ、中学のときアイツが好きだったんだ」


「……、そうなんだ」


「で、いつだったか忘れたけどアンタとアイツがラブホ街から出てきたところ見ちゃって」




目を丸くして彼女の姿を見つめた。


その手中にあるカクテルグラスはもうすっかり空で、カランと鳴る氷が鼓膜を柔に刺激する。






「──…別れてアタシと付き合わないと、二人はもうヤっちゃったって皆に言うって脅したの」


「、」


「あの頃って噂とか簡単に信じたから。あたしがその話を流せば、どっちみち二人は別れると思ってた」




明らかになっていく真実を前にどんな顔をしたら良いかなんて分からなくて。


カラカラに渇いていく喉と胸奥を感じながら、ただ彼女を見つめることしか出来ない。







「でも、駄目だったんだよ。アイツさ、アタシに頭下げたりなんかして」


「……………、」


「お願いだから、別れるから許してくれって。もうホントに、ずっと謝れなくてごめんなさいっ…!」



バッと勢い良く頭を下げた彼女を見てギョッと目を見開いた。


此方の異様な雰囲気を感じたのか、周りの人がちらほらと視線を向け始めていて。








「あ、頭上げて…!みんな見てるから、」


「許してくれるの…?」


「──……、ッ」



でも、その問いには答えることが出来なかった。










「───うわ、何だよこれ。めっちゃ注目されてるんだけど」


「………」


「……、」


「辛気臭いな」






辛辣な言葉を落とす割に、その表情は酷く穏やかなものに他ならなくて。


両手にグラスを持って現れた彼から逃れるように視線を逸らせば、あたしの眼前で尚も頭を下げていた彼女が勢いよく男のほうに向き直る。









そして、


「本当にごめんなさい…!」



再びバッと頭を下げたものだから本当に驚いた。


あたしの記憶の中の彼女は、他人に頭を下げるイメージなんて全く無かったから。









目を丸くして一頻り彼女を見つめたあと、彼の反応を窺うべく視線を持ち上げてみる。


すると、




「……っ、」





必然的に交差した目線にハッと息を呑み込んだ。










「正直、あのときは殴り殺したいくらい憎かった」


「っ」


「でも」





「こうして再会出来たんだから、もうどうでも良いよ」









その言葉と共に足を踏みだした男は、着実にあたしとの距離を縮めていて。


長い脚を駆使すればあっという間の長さを、いとも簡単に詰めてみせた。







「いま彼氏は?」


「い、……いない」


「んじゃ決定」





「もう一回、俺と付き合ってください」









あたしの手を取って指先に柔なキスを落とした男は、少しだけあの頃の面影を残した顔で妖艶に微笑んでみせる。













6年越しの初恋をもう一度

若年の弱さゆえに離れてしまった君の手を、もう二度と離さないように